漫画「ブルージャイアント」に学ぶ音楽におけるコピーの大切さ

何かやりたいことがあるけれど、どうしたら前に進めるのか分からないとき、皆さんはどうするでしょうか?
おそらく、すでに自分のやりたいことをやっている人について調べたり、真似したりするでしょう。この”真似をする”ということは、何かをする上でとてとても大事なことだと思うんです。いや、そんなの当たり前だろって思うかもしれませんが、おそらく思っている以上に。という意味です。

漫画「ブルージャイアント(BLUE GIANT)」は、元バスケ部の青年・宮本 大が世界一のジャズ・サックスプレーヤーを目指すというストーリー。自分の夢にまっすぐで熱く、明るい未来を信じて疑わないこの青年を見ていると、心を打たれる場面がいくつもあります。

今回は、そんなブルージャイアントから学べる、コピー(真似)の大切さについてお話しします。

 

努力と才能
この世には、この人は天才なんじゃないかって思うほど能力が高い人がいます。スポーツ選手やアーティスト、小説家など、常人では考えられないような奇抜な発想を持ち、成功していく人たちを見て「あーきっとこの人は天才なんだろうな」と思ったことがありませんか?
私は何度も何度もあります。昔から敬愛するミュージシャンや、ネットで新しく発掘した無名のミュージシャンまで、心を揺さぶられるような音楽を聴いたときには、自分じゃこの人には絶対に敵わない。努力したところで、何一つ勝てる気がしない。と思ってしまいます。

努力しなければ、自分が何もしなければ本当に敵いっこないでしょう。
でも、その人を本気で真似すれば少しは近づけると思いませんか?それとも、真似したところで無理だと思いますか?

音楽の世界では、すでにある曲をそっくりそのまま練習することをコピーすると言います。単純に真似をするということですね。
ギターにせよベースにせよ、サックスにせよドラムにせよ、はじめは誰もがコピーから入ります。好きなミュージシャンの演奏を聴いてそれと同じように演奏できるようになりたい!と思って必死に練習するんです。

めちゃくちゃ上手いプレイヤーも、昔は自分の憧れてるプレイヤーのコピーをしていたはずなんです。そんなことに改めて気づかせてくれるのが、「ブルージャイアント」。主人公の大は、来る日も来る日も河原でサックスの練習に励みます。ジャズプレーヤーになりたいくせに、スタンダードという言葉もスケールも何も知らない大ですが、ただひたすらにジョン・コルトレーンやソニー・ロギンスなど憧れの名手たちのコピーと我流の練習を行うのです。それから素晴らしい師匠に出会い、ジャズが好きという気持ち一つで直向きに練習した結果、大は知らない間に他の人がたどり着けないようなレベルにまで達します。
作中には、大が練習しているシーンが何回も出てくるのですが、その中で大は必死に先人たちのプレーをコピーしようと奮闘している姿を見て、自分にも昔はこんな時があったのに、いつの間にか忙しさにかまけてここまで音楽に真正面から向き合えてなかったな、と感じました。

憧れているアーティスト、あんな風になりたいな、あんなに自由にギターが弾けたら幸せだろうなåと思うアーティストはいっぱいいます。
でも、ただ憧れているだけじゃ何も変わらないんです。いろんな音楽聴くと良いよ!とよく言われますが、ただ聴くだけじゃ(プレイヤーとしては)ほとんど意味がないと個人的には思います。自分で演奏して、コピーして、フレーズや曲がどういう風になっているかを体で感じないと、その音楽が自分の中に刻み込まれないような気がするんです。

その点、「ブルージャイアント」の主人公・大は余計なことを考えずにひたすらコピーや練習に明け暮れていたら、自然とその影響が自分のプレイにも出るようになってきました。ど素人から始めたドラムの玉田も、はじめはハットをろくに刻むことすらできなかったのに、ひたすらアート・ブレイキーのライブDVDを見ながらコピーした結果、めちゃくちゃうまくなるんです。

ある種、これはミュージシャンとして理想の形だと思います。

 

まとめ
始めたては上手くなりやすいからとかいうことではなく、ある程度上手くなった後でもずっとずっと憧れのミュージシャンや、心しびれるフレーズをコピーして練習するというのは、プレイヤーにとって非常に大切なことです。才能が溢れていて天才だと思うような人も、努力に努力を重ねてきた「努力の天才」なのかもしれません。

(by 大岡シンイチロウ