琴?箏?コトとハニワの歴史から学ぶエンターテインメントの本質

みなさん、音楽といったらロックやポップス、ジャズなんかだけだと思っていませんか?

ある人は言うでしょう。

「いやいや、何ゆうてまんねん、わては60年代のソウル・ファンクや渋いフュージョン、なんなら20・30年代のデルタブルースまでさかのぼってますわ。ごっつい音楽知ってますわ。」

またある人は言うでしょう。
「はっ。そんな程度の知識で音楽知ってるって言わないでもらえます?今ある音楽ってルーツ遡れば黒人音楽だから。アフリカの音楽まで聴かなきゃ音楽知ってるなんて言っちゃダメじゃない??」

さらにこう主張する人もいるかもしれません。
「みなさん、落ち着いてください。何を熱くなっておられるのですか。音楽とは本来神に捧げるもの。つまりは祈りなのです。今ある音楽は宗教音楽が土台なのですから、17世紀・18世紀の音楽の父バッハや、ひいては9世紀のグレゴリオ聖歌まで聴かないと音楽の本質に触れることはできませぬ。」

しかし、僕はこう主張したいのです。
「Why Japanese people!? もっと日本の音楽掘り下げようよ!ジャパニーズミュージックだよ!そう、雅楽だよー!」

そう、今回のテーマは日本の音楽史。と言っても、最近のJPOPではなく、もはや正反対の雅楽です。
みなさんは、雅楽といえばお琴みたいなイメージがありますよね?でも、琴と箏の違いってはっきり答えられる人は少ないんじゃないでしょうか。
実は琴/箏の歴史を遡ると、現代の音楽にとってもすごく大切なコトが隠されているのです。

 

琴(きん)と箏(こと)の違い
まず結論から言うと、琴と箏の明確な違いは琴柱(ことじ)が有るか無いかです。
琴柱とは、弦を支える木の軸のことで、ギターやベースでいうところのフレットのようなものをイメージしてもらえれば分かりやすいと思います。

簡単に言ってしまえば、

琴・・・琴柱なし
箏・・・琴柱あり

というのが違うだけで、あとは構造的にも同じ楽器です。
しかし、こんなこたぁ~本題でも何でもないのです!言いたいことは他にあるんですよ!

コトを弾くハニワ
呼び名がややこしいので、ここからは琴や箏をまとめてコトと呼びます。
コトという楽器自体は遠ーい昔まで遡れば、日本最古の歴史書である古事記にも登場する楽器で、コトを演奏する姿のハニワが古墳時代の遺跡から見つかっています。古墳時代ってことは、要するに3世紀〜7世紀くらいの間なので、少なくともその頃にはコト的な楽器があったということですね。

でも、なぜハニワが楽器を持ってるんでしょうか?気になりませんか??
だってハニワって、ただの置きものだと思ってる方が多いんじゃないでしょうか。

ハニワはもともと誰かが亡くなったときに、その人のお墓に供えるものでした。

その起源としては、

1.死んだ人の世界と現世の境界線を張ってお墓が聖域であることを示すために供えた。
2.天皇など身分の高い人が亡くなったときに、お仕えしていた周りの物を生け贄に捧げる習慣があり、それがあまりにも痛ましかったため身代わりとしてハニワを供えるようになった。

など諸説あります。

そんなハニワにはいろんな見た目をしたやつらがいまして、

・武士
・巫女
・農夫
・正装した男
・力士
・コト奏者

なんかが代表的です。力士が入っているあたり、やっぱ相撲って伝統的な競技だったんだなぁと考えさせられて面白いですよね。
そしてそんな中に、コト奏者がいるということにはどんな意味があるんでしょうか??

日本初のエンターテイナー?アメノウズメとは
実は、日本では古代から琴は神聖な楽器だと考えられてきました。ここからは日本史の話です。

まず、岩戸隠れというお話をしたいと思います。(もう、音楽の話どこいったん?笑)

古事記や日本書紀などの神話には、「アメノウズメ」という女神が出てきます。
アメノウズメは、世界の太陽である天照大神(アマテラスオオミカミ)が岩に隠れて世界が暗闇になったときに(岩戸隠れと呼ばれる神話)、その岩の前で裸になり滑稽なダンスを踊ったという女神です。アメノウズメが卑猥かつキテレツなダンスを踊ったことで八百万の神々が笑い、隠れていた天照大神が何のお祭り騒ぎかと思って外に出てきたので、世界が再び明るくなったというお話が岩戸隠れです。

まぁ、なんでこんな話をしたかというと、太陽神の気を引くために女性でありながらすっぽんぽんになって破廉恥なダンスを踊るという中々ファンキーでクレイジーなアメノウズメは、コトを最初に演奏した女神だとされているんですね。
もう少し詳しく言うと、アメノウズメが天香具弓(あまのかぐゆみ)という弓を並べて奏でた楽器がコトの起源
そして今では、芸能の神様として崇められています。

(こ、これがエンターテイナーの始まりか・・・裸で踊って観客を沸かすってそれはもうストリップみたいなもんじゃないのか・・・)

・・・たわけ!バカもの!神様だぞ!神だぞ神!エネルだぞ!

いや、つまりですね、コトの起源をさかのぼると裸で踊るファンキーな女神に行き着くわけです。
しかし、アメノウズメはただ踊ったわけではなく、あくまでも太陽神のやる気を出させるために、つまるところ神を元気づけるために捧げたということが重要なポイント。

誰かを元気づける、勇気づける、もうちょっと頑張って世界照らしてみようかなって思わせるようにすることがエンターテインメントなんじゃないでしょうか。

コトってのはなんか仰々しくて、トラディショナルでお堅いイメージがあると思いますが、こうして日本史に照らし合わせて歴史をさかのぼってみると、現代の音楽シーンにも共通して言える音楽の本質的な部分が見えてくる気がしませんか??

ちょっと長くなりましたが、日本神話にこんなお話があるからこそ、コトを持つハニワというのは芸能の神の分身としてお墓に供えられていたわけです。聖域ですからね、神様がいると聖域っぽいじゃないですか。
楽器を持ってるということは、あの世でも楽しくやっていけますように~みたいな願いも込められていたのかもしれませんね。

だって誰かを元気づけるものを捧げることがエンターテインメントの本質なんですから。その対象は神様であり、人々であり、死者でもあるのです。

コトを持つハニワがレクイエムを奏でてくれるとしたら、そうやって死ぬのも悪くないなって思いますよね。

まとめ
今まで琴や筝にまったく興味がなかったけど、なんだ意外と面白いじゃん、雅楽の歴史。
みたいに思ってもらえたらすごくうれしいです。

コトの歴史から音楽の本質を語るみたいにしたかったんですけど、自分でも上手く書けているのかよく分かりません。笑

まぁ、本当に言いたかったことはただ1つ。

エンターテインメントとは誰かのために捧げるもの

ってことなんです。バンドマンであっても、シンガーソングライターであっても、スタジオミュージシャンであってもただの自己満足に終わるような音楽は音楽じゃないのかもしれない。誰かを想っていないから。

家族や恋人、特定の人、応援してくれているファン。もしくは、その曲の中の主人公であったり。

何が正しいのかなんて分かりませんが、もしかしたら音楽の本質っていうのはこういう意外なところから見えたりするのかもなって思った次第でございます。

(by 大岡シンイチロウ